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懐かしい鳥の声を扉越しに聞いた。
もう何年も私のかごにその姿はない。
だが、聞いた。
誰もいない薄明かりの部屋の中に響く声を。
導かれるように部屋へと入ると、鳥はそっと私の手に降りたった。
弱弱しく、私の指に頬を擦り付ける小さな鳥。
羽毛をけば立たせ、それはあまりに弱り果てていた。
愛しい小鳥。
しかし私はその名を知らない。
呼んでやる名前を知らない。
それでも鳥は、その翼を震わせながら目をつむる。
私の手の熱に安堵したかのように。
「どうして名前を呼んであげないの」
百合の花束を手にした彼女が私の隣に立った。
私は答えに窮す。
知らないのだ。
彼女は微笑みながら、しかし、強くはっきりと言う。
「あなたの小鳥でしょう」
それでも私はこのかわいそうな小鳥を知らない。
これは私の鳥ではないのだ。
困った私に、彼女は百合の花束を見せる。
「これ、あなたのお父様にいただいたの。どう?」
どう? と尋ねられても困る。
白い縁に赤い華弁の百合は、柘榴にも見える。
しかし、ただの百合だ。
きれいだけれど、美しいとは言えなかった。
「ねえ、あなた。何も見えてないのじゃなくて? そんな壊れた眼鏡だもの」
彼女は私の眼鏡を指差した。
なるほど、セルロイドの枠が溶けていた。
左目のレンズにベタベタとした不快な塊が張り付いている。
「そんなんじゃ、自分の鳥さえ見分けられない」
ああ、その通りだ。
「百合の花の美しささえも」
ああ、本当だ。
「それで、あなたは今、何を持っているの?」
私は言われて手の中を見た。
哀れな小鳥はいなかった。
あの柔らかな振動もなにも、すべて無かった。
顔をあげれば彼女もいない。
がらんとした薄明かりの中、ひしゃげた鳥かごだけがあった。
そんな夢を見た。